13/01/20 ようやく退院できました。

振り返ってみるとあっという間の5ヶ月間でした。

8月半ばに入院し、移植まで約1ヶ月体調を整えながら臨みましたが途中熱発があり、一週間移植の日程が延びてしまったのでした。

移植の前日にも点滴による副作用からか、バイタルレベル、特に血圧が一時最高が40を下回って主治医を慌てさせたこともありました。

そして、9月18日に近親者からの末梢血幹細胞の移植が行われたのでした。2パック入れました。およそ200ccくらいだったでしょうか。

その後、無菌室(BCR)での生活は、看護師さんが付きっ切りでお世話をしてくれました。医療のお世話だけでなく、たわいない患者の話を気持ちよく聞いてくれたことは患者の心を和ませるのもでした。20人の看護師さんたちにお世話になりました。

白血球も増え、感染のリスクが少なくなったところでBCRから血液内科の病棟に移動しました。準無菌室(SCR)に移動してからが大変でした。一番大変だったのが食事が摂れなくなったたことでした。口に入るものすべてでした。約2週間続きました。そのおかげで体重は減り、筋肉は落ち、今でも椅子から立ち上がるの一苦労なくらい骨と皮になってしまっています。

SCRから4人部屋に移動してもしばらくは流動食だけでした。体は食事を欲しているのに気持ちが向かない現実を知らされました。

移植に関わる病気の発現もありました。皮膚の発赤、腸管の炎症などいわゆる移植片対宿主病(GVHD)の発現です。点滴も多いときは6つくらいぶら下がったこともありました。

それでもなんとか体は耐え抜き、11月半ばからは食事も普通に摂れるようになり、体力の回復も日に日によくなってきました。しかし、相変わらずGVHDやサイトメガロウィルスなどがいたずらをしてすぐには退院に結びつきませんでした。

だから、年越しも年始も病院で過ごしました。食事ではささやかながら、クリスマスにはケーキが出たり、年越し蕎麦、正月の二日間はおせち料理も出されました。

そして、いろいろな症状も落ち着きを見せ始め、点滴も減り、4ヶ月間体内に埋め込まれていたヒックマンカテーテルのルートも無事に抜いてもらうことができました。長期間よく保ったものだと思いました。

一つの山を越えることができました。しかし、同じ移植仲間であった千葉県のPOPOさんが残念ながら帰らぬ人となってしまいました。ブログで知り合いお互い応援しあっていたので寂しい限りです。

いろいろ検査をしたので、またちょっとした病気が見つかってしまいました。また一山越えなければなりませんが、移植という大きな山の乗り越えたのであんまり心配していません。

検査をしたから見つかったので、それをしてもらえなかったら見つからず自覚症状もないまま、病気がひどくなっていたかもしれないと思うと良かったのかなと思うようにしています。

免疫力が回復し体力が戻ってきた時点で次の治療に入る予定です。
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by m1n0t5r3 | 2013-01-20 11:19 | 骨髄移植